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さて、いよいよのタイムリミット、2日目と3日目にまたがる日がやってきた。
昨夜もやはり、一応はそれぞれの居るべき場所とされているところへ帰宅をし、
穏やかに就寝してのち、うららかに迎えた朝ではあるのだが、
そこへ至る直近のやりとりがなかなかに見もので。
近隣の食事処で共に夕餉を食してから、
寝所は別々に離れるが気を強く持つのだぞと、龍之介嬢が歳の近い姉様然として励ますように諭し、
うん頑張ると頷いた敦嬢が伸ばした小さな白い手を互いに握り合って、
やはりやはり今生の別れのようにしていたのが何とも印象的だった、
並行時空からの来訪者たる、それは可憐なお二人で。
話しかけられれば屈託なく笑う敦のみならず、
やや鷹揚な態度ながらも何か質されれば応じるし、その声にもさほど棘はない芥川なほどには、
結構 周囲に馴染んで来た方ではあるけれど。
それでも異世界に紛れ込んでいる身に変わりはなく。
お互いのみが存在認識上の唯一の指標となっている現在、
ちょっとした隙に相手だけもっと違うところへ飛ばされやしないか、
どちらかだけ消えたり取り残されたりしないかという種の不安は消えないのだろうと案じ、
『どっちかの、というかウチの社員寮に来るかい?』
セキュリティは、そう、鍵のみならず家屋の耐久性も含めて自力更生型だけど、
その分 堅いことは言いっこなしというか、
ポートマフィアだからって踏み込んじゃいけないとかいうよな寮則もないしと。
相手が少しでも目の届かぬ身となるのは怖いのならば、
いっそのこと一緒に居ればいいという意味合いのお誘い、太宰が漆黒の姫君へと掛けたものの、
『いえ、大丈夫です。』
『はい。』
なあと龍之介嬢から目配せを送られ、敦もまた含羞みつつもしっかと頷く。
そんな彼女らの表情には、不思議と最初の頃のよな不安はない。
ちょっと悲壮な言葉を掛け合っていたのも、
依存というより相手を案じての確認のようなものだったようで。
“そっか、そういやぁ、”
この子らは、その属す世界のベースがそこだけ異なる余波から“少女”だが、
その存在としての立ち位置や素養は
自分たちのようよう知っているあの敦くんと芥川くんでもあるのだ。
凶器を構えた黒服集団だの、異能を繰り出しつつ躍りかかって来る狂信者の集団だのが
往く手を阻み、ひしめき合って襲ってこようと、
いつの間にそうまでなったか目配せだけで呼吸を合わせ、
相方の動線や癖や何や、見なくとも把握したまま戦場を圧倒し、
鮮烈なまでの勝利を収めてしまう、頼もしきバディに育っており。
『俺としちゃあ一緒に置いとく方が不安でしょうがねぇよ。』
もしも何かしらの異変や事件の気配なんぞを嗅ぎ取ったなら、
特に示し合わすこともなく、むしろ貴様は残っていろと言い合いつつの先鋒争いをし、
結果として二人とも飛び出すんじゃねぇかと。
帽子をどけて、奔放な赤い髪をガシガシと掻き回しつつ、
それへの危惧の方がよほどに問題だぜと言い捨てて。
ほら、今日も銀と樋口をつけてやるから、大人しく寝に帰れと、
本来の禍狗さんより幾分か華奢で軽い痩躯の首根っこを捕まえ、
自分たちの拠点へ戻っていったマフィアさんたちであったのだが。
奇しくも中也が案じたそれ、まるで日常茶飯であるかの如くに
何かしらの騒動が起きる困った街なのは致し方ないものか。
よほどのこと、そういう何かへの縁が深い土地柄なのか、
だからこそ荒事専門の武装探偵社なるものが、
軍警のみならず市警の所轄からさえ求められて存在するものか。
「所轄からの緊急要請です。」
籠城騒ぎの翌々日だというに、またぞろ似たよな騒ぎが勃発したらしく。
離婚した元妻のところへそれが離縁の原因でもある深酒に酔うた男が押し掛け、
さんざんくだを巻いて暴れた挙句に、幼い子供を奪うと刃物を突き付けつつ外へ飛び出したという。
「状況は?」
「夕刻開店の繁華街に辿り着き、シャッターを背に市警と睨み合いの最中だそうです。」
ナオミが携帯用の中型電網端子へ呼び出した地図や現状映像を皆で睨む。
若者が軽快に行き来するような繁華街の方ではなく、
仕事帰りのサラリーマンが利用する一杯飲み屋が軒を連ねるような
この時間帯では寝静まっていよう、ある意味 場末に近い場所。
きっとその男の行きつけの場所でもあるのだろうが、
「むう、込み入った路地奥か。」
間口の狭いバーや雑居ビルが身を寄せ合うようにして居並ぶ、雑然とした細い通りのドンつきらしく。
障害物がない見通しのいいところでは、どう足掻いても息をひそめつつ近づけないのが難点となるため、
それを思えば勝手は良さそうにも見える現場だが、
相手も身を隠しやすいうえに、見通しの悪さに自分で自分を追い詰めた末、
闇雲に暴れられて人質の子供が割られた窓ガラスや何やで怪我を負いかねずで。
そこへと付け足されたのが、
「しかも、まだ確たる証拠はない未認定扱いだそうですが、
もしかすると“異能者”かもしれないとのことです。」
自身の影をしもべのように操ったり、
相手の影に触れ、そのまま壁や地に縫いつけて動けなくしたり。
そういう手妻のようなことが出来ると彼の周辺で噂になっており、
暴力的なところとの相乗効果が途轍もないため、ひそかに異能特務課が目をつけていたらしく。
「何とも面倒な輩だな。」
女子供相手にしか言いたいことも言えない、しかも酒の勢いを借りてだなんて言語道断と、
顔を揃えた全員が、あまりの不甲斐なさに対して不愉快極まりないという表情を隠さない。
「ともかく現場へ向かう。」
可及的速やかに片づけねば、人質となっている子供が危険だ。
思うようにならぬという憤懣がたまった犯人により大怪我を負うやもしれぬし、
怯え切ってもいようから、心への少なくはないトラウマだって残るかも。
それぞれ離れての配置になったときのためのインカムや、
捕縛用のロープなどを準備しつつ、客人らへは留守番をと声を掛けたが、、
「キミらは此処で待ってて。」
「いえ、手伝います。」
所轄が協力をと要請してきたのも、
武装探偵社に数多いる異能者の力で何とか無事無傷、且つ早急に幼子を救出できないかと見越されてのこと。
だが、間が悪いことには谷崎が朝早くから乱歩の助手として出ており、
彼の異能“細雪”にて身を隠し、音もなく接近して…という搦め手は使えない。
そんな中だというのを踏まえ、
「遠巻きになるしかない状況に私たちの能力は有利でしょう?」
敦嬢がややそっぽを向いている相棒をちらと見やりつつ、皆へニコッと笑う。
二人もこちらのあの二人と同じよに“月下獣”と“羅生門”を操るそうではあるが、
それでなくともお客人なのだし、それに…と見やった片やの黒姫は、
曲がりなりにも指名手配犯でもあるのだ。
警察がひしめき合う現場へ顔を晒すのはまずくはないかと、
国木田や太宰がその表情を微妙に曇らせたものの。
そのくらいは察しておいでか、それでも毅然とした態度は崩さぬまま、
その芥川が口を開き、
「今のやつがれは性別も違うからか、
一昨日の現場でも見咎められなかったようですし。」
「え?」
そういえば、籠城犯を確保した例の現場にて、
共闘しているという手配が伝わっていたか、中也には視線を寄越した顔ぶれもいたが、
敦嬢と共に居た龍之介嬢へのそんな気配さえなかったのは事実であり。
背も低ければ髪も長い、いかにも可憐な少女然としている存在を直で見て、
凶悪そうな不敵な顔で手配書から睨みつけて来る、
それは狂暴な大量殺戮犯の青年と、まさか同一人物と思う輩はそうはいなかろ。
「というわけで、太宰さん国木田さん、指示を。」
賢治くんに勝るとも劣らぬ、朗らかな笑顔になった敦嬢が、
だがその目ぢからはなかなかに頼もしく、胸を張ってそうと口にしたのであった。
◇◇
現場は道交法や建築基準法にギリギリ添うているかどうかという正しく“小道”の突き当り。
道幅は狭いわ、その両側に居並ぶ立ち飲み屋やバーの店頭には、
これでも多少は遠慮してのそれか、それとも今は閉店時間帯だからという級の遠慮のなさでか、
酒瓶が入った木箱や空き瓶回収用のバッカンが軒下へ並べて出されてあったり、
店名を入れた行燈看板が置きっ放しにされていたりして、結構雑然としており。
そんな路地も同然な小道の奥、そこも閉店中の居酒屋のシャッターを背に、
赤黒い顔の男がへたり込むよに座り込んでいて。
今さっきまで泣きじゃくっていたという幼子を力任せに抱え込んでいる。
2歳か3歳か、そのくらい幼い幼児であり、
片手でどうとでも扱える体のいい楯のような扱いをしており。
路地の入り口付近という遠巻きになった警察の包囲網の端には、
手の甲や頬に真新しいガーゼをサージカルテープで貼った様子も痛々しい女性がいて、
息をするのも苦しげな窶れた風体ながら、
それでも落ち着きのない真っ赤に張れた目が現場から剥がせぬ辺り、どうやらその子の母親らしい。
「では、行きますか。」
背広姿の刑事らや機動部隊か厳つい制服組が包囲の人垣を築く中に紛れていた面々の中、
まずはと中也が座り込む犯人の一点を指差せば、
「…うぁ?」
至近の間際には誰の姿もないのにと、男が赤ら顔を周囲へぐるぐる見回すようにしだした。
不審そうな様子がどんどんと引きつり出したのは、
ナイフを持つ自身の手がどんどんと頭上へ掲げられてゆくからで。
正確にはその手が掴んでいたナイフが勝手に中空へと浮かび上がり、儘が利かなくなったから。
中也がこっそり仕掛けた重力操作のせいであり、
このくらいの距離なら楽勝、相手が酔っ払いなら尚のこと いなすのは容易ならしく、
「…ほれ。」
持ち主が焦ったほどの頑迷さで勝手に空中へと浮き上がった大きなナイフは、
やはり誰も手も触れぬというに其処に貼りつけられたよに空で固定されると、
何でだ何でと焦ってその柄を握っては引き寄せようとする男の手から後方へと跳ね、
重くなった分加速もついての、ひゅんっと宙を飛び、
やや遠い別の店の玄関先へドカンと突き立ってしまっている。
「な…っ。」
酩酊状態だとはいえ、現状が現状なだけに自衛への感覚は鋭敏なのか、
驚いてあたふたと周囲を見回すその身から落ちている影が当人の動作から外れた動きを見せる。
やはり異能者であるらしく、
頭上から降り落ちる午前の明るみが生み出した、周囲のもろもろや彼自身の影が、
ただの影より色濃くなって、その面積を包囲網の立つ側へ広げかかったものの、
「残念でしたっ。」
このくらいの知恵は乱歩がいなくとも回るそれ、
賢治と与謝野がそれぞれで構えたスタンドタイプの高脚付き投光機を焚いて
正面から強烈な光を浴びせれば、
黒々と蠢いていた闇だまりは一瞬で掻き消え、少なくともこちらへ影の手は伸ばせなくなって。
「こんのぉ〜〜っ#」
見事な段取りで奥の手が封じられたことへだろう、怒り心頭という唸り声を上げつつ、
それでもとまだまだ念を込めようとする男が手を伏せたは背後のシャッターで。
そこへと焼き付けられえた恰好となり背後へ伸びた自身の影が、
まるで黒い布のように不自然にぶれると、命ある何かのように蠢き始める。
そうなれば光源の位置など関わりないのか、
シャッターからずるりとすべり落ちた足元の路上から、
陸へ上がったエイのように はためきつつも浮き上がりそうになっていたけれど、
「後ろへもダメだから。」
「…っ。」
そんな格好でしもべとして発動しかかった長く伸びた当人の影は影で、
其方の間近な建物の陰から、どれほど気配を消していたものか、
ひそんでいた太宰がひょこりと姿を見せつつ
長い脚を伸ばし切り、影踏みよろしく踏みつけることで無効化し、
まるでフライパンの上の水玉が蒸散するよに立ち消えてしまう あっけなさ。
「な、何なんだよお前らっ。」
こんな扱いは初めてなのか、
酔いも醒めたように真っ青になって、辺りをせわしく見まわしながら狼狽える男へ、
「手間取らせるな。」
どこか厳格な語調のそんな声が掛かる。
いつの間に現れたか、正面の小道の真ん中に
ほっそりとした少女が一人、黒装束に風をはらんで立っている。
襟元から覗くフリルタイの白と共に、丈の長い黒外套もまた裳裾がゆらゆらと揺れていたが、
強く吹き付けた風でもあったか、ぶわりと膨らみ、
細い肩を覆う黒髪と共にひらめくように舞い上がって広がると、
「わ、わあっっ、何だ何だっ!」
彼の得物なはずの影にも似た黒獣が音もなく地を這い進み、
終いには津波のようになったそのまま宙へと躍り上がって、
広々とした膜状に開いたそのまま、襲い掛かる格好で捕縛対象を縛り上げる。
わあと恐慌状態となった男が、わが身可愛さにもがいたその動作の端、
予想もしない方へとぶん投げた格好で手が離れた幼子へは、
虎脚を素早く召喚し、風のよに駈け寄った敦嬢が、
足元では果敢なすべり込みを呈しつつ、
そちらも腕へと展開させた異能、柔らかな毛並みの中へ、
反動をも引き取るような優しい受け止め方で小さな人質を確保する。
まだまだ幼い風貌の彼女だが、腕の中へ小さな子供を納めた姿はいっぱしの母御のようでもあり、
白銀の髪を揺らして懐の幼子へとお顔をうつむけると、
「??」
「ビックリしたねぇ。もう大丈夫だよ?」
え?お姉ちゃんのお洋服がフカフカって?
ふふーvv 縫い包みみたいでしょ?などと、あやすように話しかけ、
泣きながら駆け寄ってきた母親に気づいて其方へ歩み寄り、
どうぞと手渡す様子もなかなかに落ち着いたもの。
怖い想いの末が楽しい“高い高い”だったと決着したのか、
小さな子どもは母親の腕に抱えられ、後ろ向きになったそのまま敦へ“ばいばい”と手を振っていた。
「うん。あれなら怖かったってトラウマも薄いかな?」
「そうだな。」
一応はカウンセラーも付くことだろうしと、
人質奪還に尽力した綺麗どころの二人が、やれやれという調子での声を掛け合っていたその折だ。
「え?」
「あ…。」
何かに気づいたような、何か聞こえたというよな顔になった異邦人のお嬢さん二人。
はっとすると顔を見合わせ、それから、
自分たちの様子を見守っていた、こちらの世界のお仲間へ視線を巡らせ。
まずは敦嬢がにこりと笑い、胸元近くで手を振って見せる。
そんな彼女の所作を斜に構えて見ていた龍之介嬢も、
ちらりと顔だけ皆の方へ向けると、
「…世話になった。」
と小声で言い。
目の錯覚かと思えるようなわずかなそれ、淡い光が二人をくるみ込む。
少女らの髪がふわりと風に揺れたのへ視線が奪られたそのすぐ後には、
「あれ?」
「……戻ったか。」
聞き覚えのある声が立ち、
先程まで居た少女たちに比すれば、随分としっかとした存在感もつ二人が立っている。
そんな二人を見やった周囲。一瞬 息を呑んで静まり返ったが、
「敦くん?」
「敦。」
太宰や国木田がやや呆然としつつも声を掛け、
他の顔ぶれも夢から醒めたようにじわじわと、
あまりにあっけないこの帰還へ、相好を崩してわあと歩み寄ってくる気配。
そんな中、
「おら、帰るぞ。」
何と言っても指名手配犯だけに、
中也が芥川を来い来いと素早く手招きし、自分もとっとと歩み始めておいで。
手を掛け、深くかぶり直した帽子の縁越しに、愛し子の方を透かし見たのは言うまでもなく、
向こうからもこちらを見やっていたのへ安堵しつつ、
“…高校生かよ、おい。”
自分でも照れくさそうに苦笑をこぼした中也だったりし。
ハッとした黒獣の主様も、ちらと寄越された太宰からの視線へ同じような目線を返しつつ、
この場は無言のまま撤退を選ぶ。
彼らへも似たような展開があったらしいのは、此処へ現れたことからも忍ばれるものの、
そちらはそちらで一体どんな数日に翻弄されたやらが気になるが、
“積もる話は帰ってから出来るしね♪”
こちらから“お帰り”と口パクで伝えたのはしっかり届いたようで、
颯爽と立ち去る横顔は凛としていたが、頬が赤いのは隠し切れていなかったのが愛らしい。
そんな芥川なのを、こちらも声もなく見送った片やの敦へは、
「……あ、えっとぉ。」
ボスっと、まずはの突撃を掛けて来た小さな存在に背中を捕らえられ、
女の子の鏡花ちゃんと逢うのは数日ぶりだなぁと妙な感慨に浸りつつ、
肩越しにひょいと背後を見やり、甘やかすように声を掛ける。
「ただいま、鏡花ちゃん。」
「…おかえり。」
鏡花としても思いは同じで、
仲良くなった女の子の敦も優しくって大好きだったが、
やっぱりこっちの彼の方が落ち着くか。
お留守番していた幼子が母に甘える時のよに、
お顔を赤くし、頬を彼の背へ擦り付けるばかりでいたのだった。
◇◇
他の時空との行き来なんていう、
結構なインパクトもあった重大事だったにもかかわらず、
収束してしまうと呆気ないもので、
そういや ああだったこうだったと話題になるのも徐々に収まり。
周囲もそうだが、当事者にしても、日々のあわただしさに呑まれるように過ごすうち、
戻ってきて数日も経てば記憶も薄れ、何か夢でも見ていたような気分となったが。
「……。」
執務用の机の一角に置いたガラスの小瓶へ目が向いては、
あれは現実だったのだと印象の上書きがされている。
ああこれもあの人なりの戦略なのだろうか。
同位の存在たるこちらのあの人へ訊くのが躊躇われている辺り、
そんな手のうちへまんまと乗せられていることになるのだろうか。
白いものが多い中へ、薄紅やオレンジ色のが入り混じり、
およそポートマフィアなどという真っ黒な印象しかない裏社会の存在の、
しかも幹部格の人間の部屋にあるのが不自然かも知れぬ愛らしいアイテムには、
「金平糖ですね。」
樋口が気付いて、珍しいですねと仄かに頬笑む。
息抜きの焼き菓子だの、口直しの飴だの砂糖菓子だの、
勧められてもそうそう口にしない人なのにという、
そんな含みからの言らしく。
「たまには、な。」
細い指先で摘まみ上げれば、
素っ気ない型の密閉瓶の中、小さな星たちがしゃらりと涼しげな音を立てる。
見栄えの愛らしさが 可愛げなどには一番縁遠い自分には不似合いだなとの苦笑も浮かぶが、
“…しかし、あのお人は男性であるのに
このようなものを平生から照れもなく購買なさっているのだろうか。”
手隙な時に食べなさいねと、あくまでもこちらを案じて渡されたものながら、
駄菓子屋にせよファンシーショップにせよ、
あの美丈夫がどんな顔をしてこんな愛らしいものを買い求めたのかが解せないと、
そこが不思議だし、且つ くすぐったくてしょうがない。
女性への贈答品にと贔屓にしている店でもあるものか、
だったら、女性であるこちらのあの人よりいっそ手慣れているのやもしれぬと。
立ち飲み酒場でも屋台のラーメン屋でも平気で暖簾をくぐるくせに、
少女趣味な店へはどうにも照れが勝さっては入れないと苦笑していた
元上司で現在は武装探偵社所属の、
美人なくせに豪気な女傑を思い起こし、
更なる笑みを口許へ浮かべた龍之介嬢だったりするのであった。
〜 Fine 〜 18.02.24.〜03.06.
BACK →
*ややこしいお話、何とか幕です。
妙なお話へお付き合いありがとうございました。
性別転換ネタは “アダムとイブの昔より”でもう書いたけど、
こういう格好の混乱ネタは楽しいのでついつい選んでしまいまして。
ほぼ全員が女性の武装探偵社とかポートマフィアとか、
別な日に覗いたらそれはそれで楽しいかもですねvv

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